四国巨樹探訪旅 2/88お遍路、美馬へ

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 5・20、13時過ぎ。天気は荒れ模様。
 フェリーが徳島港に着岸、飽き飽きしていたドライバーは、2メートルくらいプルバックしてパッと手を離したチョロQみたいな勢いで四国に跳び出していきました。

 ……みちをまちがえる。
 四国へは前に一度来たことがあり、その時は香川で1日6食うどん食ったりしたんですが、このブログの過去ログを遡ってみると、もう11年も前のことなんですね。
 今また四国に降り立った、この状態を知らせたら、当時の僕はどんな顔をするでしょう。
 まだ同じブログやってんぜ、今時はフルサイズ・デジタルで撮ってて、しかもお前の人生は……ま、いい。
 そんなこんな今と過去とを並べて考えたくなるのも当然とばかり、フェリー中で決めた行き先は、四国八十八箇所の第一番、「霊山寺(りょうぜんじ)」です。
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 立派なお寺です。
 四国八十八ヶ所霊場の全行程はおよそ1460キロ、365里におよぶといい、その第一番目がここ。
 お遍路さんは全員、ここからスタートを切るのです。

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 と、気を引き締めつつ進んだら、何やら……

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 あっ、こっちにも、なんかちょっとコワいんですけど……汗

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 なんて、怪しげなマネキンさんたちに背を向けないようにしながら建物の中に入ってみると、一転して硬派な雰囲気。
 そう、ここが発心の地、第一番であるので、いわばお遍路スターター・グッズがなんでも揃っている。
 訪れた霊場で収めるための札や、お大師様の分身であるといわれる杖など……ここからあの「同行二人」の旅が始まるのです。
 そう考えてみると、さっきのマネキンも別にふざけて置いてあるわけではなく、お遍路さんのオーソドックスなコーディネートを示したものなのかもしれません。
 ここでグッズが揃うよ! という、文字通りのマネキン。

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 本堂に手を合わせ、お守りのひとつも入手したい。そう思って来ました。
 お遍路さんにはとても及ばないが、険しい道を進むであろう我々の四国巨樹探訪の無事を願うばかりです。
 複数のお堂があり、宝塔は高野山で見たものと形がよく似ていました。
 戦乱や火災で再建されつつ、歴史を引き継いで存在している「別格本山」とのことです。

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 こちらが霊山寺の本堂。
 たくさんの灯りがともり、厳粛な雰囲気でした。
 特に撮影禁止とは表示されていないので、控えめに一枚……。

「縁起によると、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により行基菩薩が開創された。
 弘仁6年(815)、弘法大師が四国の東北から右廻りに巡教された際、この地で衆生の88の煩悩を浄化し、
 また衆生と自らの厄難を攘はらって、心身の救済ができる霊場を開こうと37日間の修法をされた。
 その時、仏法を説く一老師をたくさんの僧侶が取り囲み、熱心に耳を傾けている霊感を得た。
 大師は、その光景が天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法をしていた情景と似ていると感じとり、
 インドの霊山を和国(日本)に移す意味で「竺和山・霊山寺」と名づけられた。
 このときの念持仏が釈迦誕生仏像であり、本尊の前に納められたことから四国八十八ヶ所の第一番札所とさだめ、
 霊場の開設・成就を祈願されたと伝えられる。(HPより)」

 やはり、1箇所目なので、次々にお遍路の方がやってきては真言を唱えていきます。
 本尊は釈迦如来なので、「のうまく さんまんだ ぼだなん ばく……」と。

「霊山の釈迦のみ前にめぐりきて よろずの罪も消え失せにけり」

 しみじみとこの信仰の風景と空気を味わっていると、お寺の方から声をかけて頂きました。
 上下のカッパを着込んで荷物を背負って……という格好だったので、お遍路さんだと勘違いされたようで。
 お参りしたことで、明日からの旅本番を控えて、とてもスッキリしたいい気分になれました。

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 おそらくお遍路さんたちは、霊山寺で皆このような気分を味わうのでしょう。
 そして、次々とお参りの旅を続けていく。
 少し離れた2番目「極楽寺」には、お大師様お手植えだという「長命杉」があったりします。
 ここの本尊は弥勒菩薩。

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 幹周囲目通り5メートルくらいあるなかなかの杉ですが、さすがに弘法大師お手植えというのはオーバーです。
 それでも、この杉があることで場内の空気が一段、霊威を増しているように感じる。
 信仰心との共鳴現象のようなものなのかなと感じるところがありました。

 こうして特色ある2箇所を巡ってみると、さあ次はどんなところだろう……と、気になっている自分がいることに気づきます。
 行き先を想像することがとても自然で心地よいのですね。
 さすがは四国だと思いました。

 実際、四国八十八か所巡りはとても素晴らしい経験になると思うし、いずれやってみる価値はあると思うのです。
 が、気分が乗ってきたからと言って、今それを始めてしまっては大変なことになる。笑
 「……えっ、どこにいるかって? 今、まだ22箇所目ですよ!」
 なんて、明日いきなり言い出したら、合流するto-fuさんとRYO-JIさんにものすごい迷惑。
 この辺で本ルートに戻りましょう。

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 長命杉を見たことで巨樹への探究心が目覚め、「野神の大センダン」にも寄りました。
 すでに勢い旺盛とは言えない老樹ではありますが、花がとても綺麗で印象に残りました。
 道すがら眺める山の風景にも、センダンの花があちこちで主張していました。

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 しばらく西に走り、美馬市にやってきました。
 15時にもなろうとしていましたが、お昼ご飯にありつけていません。
 フェリー旅の貧弱な食事事情も影響しているので、ここでしっかり食べておきたいんですが、いかんせんお店がない。
 14時すぎて休憩に入っていたり……。
 とか何とか走って来てしまったら、もうすっかり山深くなってしまい、ますます飢えます。

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 道の駅・貞光ゆうゆう館というところに停車。
 晩御飯も食べられるレストランが併設されてるということで期待したんですが、行った瞬間(それは言い過ぎ)クローズになっちゃって、とほほでした。
 ヤマザキ・デイリーショップを見つけるも、無人自販機コーナーと化した上で壊滅しているという……かなしくなって、川沿いをとぼとぼ歩きました。

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 でっかく「巨 樹 の 里」と掲げている通り、ここから南下すると、秘境・つるぎ町です。
 要するに明日の巨樹探訪のメイン。
 これだけ大々的に巨樹そのものを観光資源として打ち出している自治体も珍しいと思います。
 さて、どんなものか……楽しみだけど、はらがへった。

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 結局どうにもならず、コンビニでお弁当を食べました。
 少し行ったらスーパーがあって、ああちくしょう、と割引シールを睨んで思うわけですが。
 とりあえず明日の朝ごはんも仕入れることができました。牛乳、チーズ、オレンジジュース、おにぎりとか。

 さて、日が落ちて来たことですし、お風呂に行きます。
 今日はもう少し進んだところにある温泉で……と、行ってみるとちょっと山中のキャンプ場併設みたいな雰囲気。
 いや、それよりも、あのでっかい、おそろしい看板……「月曜定休日」?
 何という凡ミス! フェリー生活の単調さゆえか、今日が月曜であることを完全失念!
 頭をかかえ、無意味に駐車場で車を旋回させて輪を描きました。
 19時……入れる風呂があるのか? 入り、入る、入れないとどれだけ困るか……ごはんも食べられない、お風呂も入れない……そんなのって、

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 フウーイ。
 真っ暗闇の中、香川県に向けて30分ほど山登りしたところ、ギリギリ営業時間内の温泉施設を見つけました(エピアみかど)。
 出て来た時には、すでに看板が営業終了になっていましたね。危なかった。
 ゆったり入れて、とてもいいお風呂でした。

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 大粒の雨が降る中、くねくね山を巻く438号を再び美馬市内まで下って行きます。
 もはやフォグランプもつけないと暗くておっかない。
 途中で見下ろした、冷たいような暖かいような街の明かり。
 ほーほー、ぎゃーぎゃー、みたいな変な鳥の声、雨音、湯上りの暑さなど、色々な要素が合わさって印象的に残りました。
 
 その後、道の駅・みまの里にて車中泊。
 意外と市街地にある道の駅で、目の前がでっかいパチンコ屋(うるさくないけど)。
 フェリーと同じく車中泊ももはや新鮮ではなく、淡々と寝床を作ります。
 新しく買った小さいランタンが想像以上に明るく、読書しても疲れない。USBアウトプットもできるので、扇風機も一緒に動かせる。
 ……なんて、小さなことで喜びながら、ちょっとした静かな夜を過ごしました。

 例の強烈低気圧のため、結構な土砂降りに。
 念の為、自分が浸水しやすい地形にいないかをチェックしたり、運転席には物を置かないようにしました。
 それより明日、険しいとウワサのつるぎ町の道が、土砂崩れしてないといいけど……。
 
(つづきます)

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