巨樹を訪ねる 阿野呂一本木

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K-1 mark2 / HD PENTAX-D FA 28-105mmF3.5-5.6ED DC WR

 巨樹探訪とは、まず大きな樹の迫力に打たれて唖然とする、その体験こそ第一なのですが、魅力はそれだけではありません。
 樹にまつわる歴史や物語がまた実に興味深く、人工物とは違って、おのれの命とともにそれを背負って生き続けている姿に感動を覚えます。

 単純に大きさだけで考えてしまうと、杉や楠が育たない北海道では目立った巨樹はないということになってしまいますが、豊かで厳しい自然環境とともに生きるという点から、樹と人との物語は数多く残されています。
 今回の北海道行の最初に訪ねた「泣く木」もそうでしたが、夕張近郊にもそのような樹が残っていると知り、少し迂回してみました。
 「阿野呂(あのろ)一本木」、またもやハルニレの樹です。
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 写真を見れば一目瞭然、道端にこの樹だけがぽつんと残された状態で立っています。
 だだっ広いと言っていい平野部で、こんなに道路に近いところに大きな樹があるというのは違和感を感じます。

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 ひとまず樹自体を見ていきましょう。
 大きなハルニレで、まっすぐな単幹はよく身がしまって硬そうです。
 正確な資料が見当たらないので目見当になってしまいますが、おそらく直径1m、つまり幹周囲3mは超えていると思われ、巨樹と定義づけられるラインをクリアしていると思います。
 損傷や不朽も少なく、夜は真っ暗であろうこの道で車が衝突したりしないかな……と思いつつも、そうなったら逆に車が大破しそうな強固さを感じました。
 隣にはその名も「一本木」というバス停があります。

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 生育が良いので、車道にかかる方の枝は伐採されています。
 それでも高く高く枝を伸ばし、樹勢は悪くないように見えました。

 と、多少じっくり観察しても、樹の姿形からは神がかったものや異常な何かを感じません。
 撮っても撮っても飽きないんだよ! とかいう種類の樹でもありませんね。
 ではそろそろ、この樹にまつわるお話……なぜこの樹だけが残されているのかを読んでみるとしましょう。

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 「泣く木」のような、切りたくても切れないというお話ではなく、「記念保護樹木」なのでした。
 拝むとご利益がある樹という信仰対象としての巨樹はたくさんありますが、実際に人ひとりの命を救っているのですね。
 この「唯一」という表記が妙に克明で恐ろしい……。

 ネットで調べてみると、以下の資料に行き当たりました。
「夕張川1898年洪水の 被災状況および氾濫形態の検証 - J-Stage 鈴木英一 著 - ‎2012」

 開拓段階にあった土地での大洪水だったということで、マッチ工場や鉄道も流され、石狩川流域全土で112名もの死者を出したそうです(夕張川、アノロ川も石狩川水系)。
 このマッチ工場の流出という最悪の事態こそが、まさにこの樹にまつわる部分でした。
 当時の新聞の引用が載っていました。


 [9月6日の午後9時頃] 夕張川沿いの多良津に建てられたマッチ軸工場に住む者が川岸に出て様子を見に行ったが,平水よりも三尺(90cm)程の増水で案ずるに及ばないと寝に就いた.

 [午後11時頃] 轟々たる響きに目覚めて都外へ出ると,周囲は洪水で漲っており,その工場に宿泊していた家族を含め35名が避難しようとしたが低地に立っていたため避難することができず,やむなく工場の屋上に上り,救助を求め叫んでいた.しかし,急激な流れと共に大木や樹根が家にぶつかる.

 [翌朝5時半] 遂に,工場は三十余人を屋根に乗せたまま浮き上がり,数キロ流された先で転覆し34名が死亡し,1名だけが阿野呂学田に立つ樹木にしがみつき運よく助かった.


 「アノロ方面の水勢は,角田を外れ抜きて字七戸・三日月等を真っ向に衝き,大破壊を演じて突進せんとせしが,樹林の防ぐるところとなり, 数千の樹木を倒して激流二分し」
 と記録されており,この二分した高速流の下流側で20数名,対岸側で15名の死者を出したとされている.


 ……言葉を失います。
 誇張ではなく、本当に集落丸ごとが全滅してしまうような未曾有の大災害だったのです。
 その中で、この樹は、たったひとりの生存者とともに生き残った。 
 今、ただの大きい樹だねと、こうして見られることこそが特別なのではないかと、ちょっと鳥肌が立つような思いがありました。
 近年、日本各地で頻発している災害を無意識にも思い浮かべているところがあるとも思います。

 同研究資料ではこの洪水の水量などの計算も行なっており、現在の防災に活かそうという主題でした。
 「2011年現在、上流に治水目的を持つ夕張シューパロダムを建設中である。ダム完成後にはこの地域は治水安全度が飛躍的に向上することとなる。」
 ともあります。


 樹に歴史あり。人との関わりと思い入れは本州以上に深い。
 北海道で道端に大きな一本立木が残されていたら、それはそういう樹なのかもしれません。
 犠牲になった方のご冥福をお祈りします。
 この樹は墓標の代わりでもあるのかもしれません。


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 「阿野呂一本木」
 北海道夕張郡栗山町
 樹齢:200年以上
 樹種:ハルニレ
 樹高:25メートル程度
 幹周:3メートル程度

4コメント

to-fu  

この巨樹は人間を救ったからこそ保護の対象になったけれど、ひょっとしたら当時はこのハルニレだけでなく同じような樹木が立ち並んでいたのではないか。災害で九死に一生を得たのはこの巨樹も一緒なのかもしれない。そんなことを想像すると、また別の意味でも物悲しさを感じる巨樹だと思いました。

写真や絵画の世界にも言えることですが、ただそれを見てスゲー!と感動するのも楽しみ方の一つではありますが、作者の心情を読み取ってみる、時代背景を想像してみる、ああこの右手に持っている本は実は権力に対する反抗の暗喩なんだなとか、そうして対象を「見る」だけでなく「読む」ことが出来ると、そこには更なる深い楽しみが待っていると思うのです。巨樹も全く同じだよなあと、巡っていて強く感じます。

2018/11/30 (Fri) 22:40 | EDIT | REPLY |   
狛

狛  

to-fuさん>
なるほど、今も生きている、生き残っているという点では同じですものね。
今回得た資料の中にも、ここ周辺の樹木林に怒涛がぶち当たって、根こそぎ倒しながら方向を変えたとの描写がありました。
きっと、本当にこれだけが生き残ったという事実なのでしょうね。

巨樹を撮るというだけなら、細部を切り取る必要はあまりないし、一番迫力や荘厳さを表せた一枚をバーン!と載せるといいと思うんです。
しかし、巨樹をやるにあたって、ごく自然と書く方向へと向かってしまったし、今でも文章込みでの巨樹探訪録編みが面白いと感じています。
それこそ、巨樹が抱えている「読める」部分が濃密にあるという証拠だと思うのですね。
おそらく、他の対象よりも巨樹のそれはかなり濃くて多く、だから魅力的に感じたのかもしれません。
書いてて、芸術作品の品評みたいと思うこともしばしばです。笑
この樹は巨樹というだけだとただの樹みたいなものですが、北海道という、本州民には異国にも感じる土地の樹として、とても有意義なものを伝えてくれる樹でした。
知ることができて良かったと思います。

2018/11/30 (Fri) 23:21 | EDIT | REPLY |   

RYO-JI  

樹が人の命を救う・・・。
スゴイことです。
実は奈良にもそういう言い伝えがある樹がありまして、
紹介したいと思い、いつか写真を撮りに行こうと思っています。
自然の猛威にはちっぽけな存在の我々ですが、こういう巨樹は有難い。
年代的にも資料的にもこれは真実だと確信でき、巨樹界には珍しいですね。
一枚目の写真を見る限り、この一本木を避けて道路が作られているように思えます。
石田市太郎サンはこの樹に助けられ、その功績?によってこの樹は道路造設の際に救われたのでしょうか。
そんな想像を巡らしてみるのも巨樹の楽しみでもあります(笑)。

2018/12/02 (Sun) 23:26 | EDIT | REPLY |   

狛  

RYO-JIさん>
あれですかね、十津川の方の鉄砲水で大勢の人が亡くなったという…。
こういうリアルな出来事にまつわる樹は残したくなる気持ちもわかります。
大震災の一本松とかもこれと同じ記憶遺産だったんでしょうね。

そうですね、ちょっと道路の方で配慮しているようにも見えます。
やはり地元の人たちがこの惨禍を忘れまいと思う気持ちが強かったのではないでしょうか。
姿形は地味ですけれども、その場所から動かないからこそ、樹というものが訴えかけてくるものは強いのだなと再確認させてくれる巨樹でした。

2018/12/03 (Mon) 09:51 | EDIT | REPLY |   

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