戻りたい、戻れない

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K-1 / smc-m 150mm f3.5

 時折、過去の自分を何時間もかけて振り返ってしまう日というのがあり、例えば昨日がその日でした。
 昔影響を受けた本や映画などを再度鑑賞することが引き金になることが多く、それを受けて、ああ自分もあんなことを考えたっけな、あんなものを作ったっけな、と、自らの創作物を記憶媒体の奥底から引っ張りだしてきて埃を払い、今一度眺めてみたりするのです。
 呆れられると思うのですが、自分が下手くそだとは思いません。
 そうすることでいつも、過去の俺もなかなかやるな、などと、いくらかの自信を取り戻せるものです。
 また、うまくできているもので、全て格納したはずの物品も、所々消えていたり、壊れていたりする。
 記憶というものは、到底完全なままではいられないのだというかのように……。
 その欠損した所々から、じわりと湧き出してくるのが、当時の思い出です。
 仲の良かった人たちとのやりとりや、熱意冷めやらぬまま深夜まで没頭した日々の記憶……今はもう持っていないものの残像。
 気づいて今の自分を俯瞰すれば、いかにも別の人間になってしまったかのようで、さっき感じた自信とは裏腹、胸の奥がぶるぶると戦慄くのを感じます。
 自分は、失ってしまったのだろうか。
 もう、それは、二度と取り戻せないものなのだろうか……。
 再チャレンジを禁ずるとは、誰も言ってはいないのです。
 自分自身を除いては。
 本気でそう思うのであれば、また、今のこの自分を捨てなければならない気がし、怖いのです。
 それを捨てずに、二つのことを手にしようとすることは、二人分の人生を生きようとするようなものだとも思います。
 今のお前には、そんなことは無理だ。
 過去の自分がそう言っているような気がします。
 もう過去の自分には戻れない。
 二人分の人生は生きられない。
 だとしたら、過去の、剥離した自分を食って、さらに強い自分になるしかない。
 そのためには、ぼんやりしている暇なんて、本当は無かったのだと思います。

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