未来の書

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ESPIO mini / 32mmf3.5 / Presto 1600

二年と一週間前、僕は長崎を旅していた。
自分がまだ知らない風物を目の当たりにする楽しみと素晴らしさに感動し、しかし、二年後の自分が今のようになっているとは想像もしていなかった。
二年前の自分に今の自分の状況を説明し、これほど目指す先があるかを問えば、きっと急激に怒り始めるだろう。
キレるというやつだ。
キレた後に、シクシク泣き始めるかもしれない。
だが、その後、きっと今と同じ道は辿らなくなるに違いない。
未来の自分の完膚無きまでの破壊という、これほど完璧な自殺行為は他にないと思う。

もし「未来の書」があったとしてもそれは絶対に「未来の書」ではない。
それを読んだ人は絶対にそれに従わなくなるからだ。
そんな本の在処は、本棚のヒエロニムス・ボッシュの画集と簡単お料理本の間に埋もれるくらいがちょうどいい。
つまり、誰も「未来の書」の存在に気付かない。
そうしている間にも未来は急激に現在へと変化し続け、過去という海溝に崩れ落ちて消えて行く。
かくして「未来の書」はあっと言う間に「過去の書」へと成り下がり、月曜のリサイクルゴミの日、古雑誌の間に挟まれたまま集積場に出されてトイレロールに生まれ変わった。
「未来の書」の最後のページにそういう未来は記されていたのだろうか?
誰も思い出せない。
未来とは、思い出す事柄ではない。

ただ、これだけは言える。
「未来の書」なんかよりトイレロールの方が何倍も役に立つ。
この場合に乗じられる倍数とは、トイレロールの長さだ。
二枚重ねのダブルタイプもあるが、長さは二分の一となる。

2コメント

ウナム  

うむむ!僕は2009年に長崎にランタンを見にいってたみたいです!
こんな具合でした。http://unam0109.blog51.fc2.com/blog-entry-722.html


2枚重ねはやわらかさと厚さを兼ね備えるが
ときどき上の一枚だけ破れて、下の一枚と別れてしまうことがある。
未来は一筋縄ではいかないようです。

2012/02/16 (Thu) 21:07 | EDIT | REPLY |   

狛  

ウナムさん>
おお、そうですね、ランタンフェスティバル。
こんなでしたかー。いいなあ。
僕がちょうど帰った次の日だったかに開催だったんです。
ついでに、僕の長崎写真もどうぞ。

http://sandsea.blog76.fc2.com/blog-date-201002.html

トイレロールはちょっと哲学的なところがありますよね。
無いととても困るし。
今日という日を一巻きのトイレロールに感謝(なにそれ)。

2012/02/17 (Fri) 22:14 | EDIT | REPLY |   

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